ケースバンク

えっ!筑波山登山って事故あるの!?

登山に伴うリスク情報の提供による登山者のリスク認知等の適正化に関する研究

〜筑波山での社会実証実験を踏まえて〜

パートナー:なし

研究者:井口 新太郎(指導教員:川島 宏一)

研究の概要

背景と課題

近年、登山は多くの人から親しまれるレジャーとなっており、登山中の事故の増加が救助を担う自治体の負担増とな っている。

事故が起こる要因として、登山者の「リスク認知」の不足が指摘されており、リスク認知を高めることが課題となっている。

既往研究では、リスク認知はそのリスクに対する情報量に影響されることが示されている。

このことから、登山者に「リスク情報」を提供することが、リスク認知の上昇に有効だと考えられる。

またリスク認知が高まった登山者は、登山中に危険を回避しようとする「リスク回避行動」をとることが期待できる。(下図)

このような、登山のリスク情報の提供による効果を実際に検証した研究例はなく、本研究でこれを明らかにする。

 

研究仮説

登山のリスク情報は、その伝え方によって効果が異なる可能性がある。

そこで本研究では、下図に示した3種類のリスク情報の効果を考える。

 

各リスク情報が登山者に与える効果の大きさは、下のようになると仮説を立てた。

実証実験

研究仮説を検証するために、実際の登山者を対象にした社会実証実験を筑波山で行った。

筑波山に訪れた登山者をグループ分けし、それぞれのグループに異なるリスク情報を提供する。

その後の登山者の意識や行動をグループ間で比較することで、各リスク情報による効果を比較検証することができる。

比較検証の信頼性を確保するために重要なことは、グループ間で変える条件はリスク情報の種類のみとして他の条件を揃えることと、グループ分けをできるだけ無作為に行うことである。

この2点に注意し、下に示した実験方法を考えた。

 

実験手順

① リスク情報の提供

3種類のリスク情報の効果を比較するために、登山者を訪れた順番に下のA群〜D群の4群に分け、各群にそれぞれ異なる情報を与える。

A群.リスク情報を与えない

B群.リスク情報のみを与える

C群.リスク情報+脅威メッセージを与える

D群.リスク情報+同調メッセージを与える

 

各群に与える情報を載せたポスター(下図)を作成し、これを登山者に1分間見せることで情報提供を行った。

☆ポスターの説明

・A群以外のポスターの上部に書いてある、点線で囲まれた文章がリスク情報で、4つのリスク〈道迷い〉〈日没後の視界不良〉〈転倒〉〈体調不良〉を提示

・脅威メッセージと同調メッセージは、下部のイラスト等で表現

 

ここで、A群にもポスターを見せるという点に注意してほしい。

仮にA群に何も情報も与えずに実験を行ってしまうと、A群だけ「ポスターを見せる」という行為をしないことになってしまい、リスク情報以外の部分で群の間に条件の差が出てしまう。

だから、A群にも何かしらのポスターを見せる必要がある。

 

↑ 実験参加者にポスターを見せる様子

 

② 登山前アンケート + LINE友だち追加!

情報を与えた直後の登山者に対して、その場で下のような「登山前アンケート」を実施し、リスク認知を測定する。

 

さらにここで、実験用に用意したLINEアカウントを友だち追加してもらう。

 

③ 登山後アンケート

②を終えた登山者に、筑波山を登山してもらう。下山をしたタイミングで下のような「登山後アンケート」を実施し、その日の登山でとったリスク回避行動について尋ねる。

しかし、②の登山者を下山時まで追跡することは困難なため、登山後アンケートはGoogleフォームで作成し、②で追加してもらったLINEを使って送信し、回答を得た。

分析

アンケートの結果から、「リスク認知」と「リスク回避行動」について分析を行う。

A群とB~D群を比べることで、研究仮説で示した3種類のリスク情報の効果を知ることができる。

例えば、A群よりC群の方がリスク認知が高かった場合、「リスク情報+脅威メッセージ」がリスク認知に正の効果を与えたと言える。

しかし、アンケートで得られた結果を単純に比較するだけでは、「それって偶然じゃないの?」と言われてしまう。

そこで、下の図に示した線形モデルを使って統計的根拠に基づいた分析を行う。

 

 

今回の実験は、より多くの回答数を得るために、複数人で登山に来た人達には全員に実験に参加してもらった。

しかし、複数人で登山をしている人達(以下「登山グループ」)は同じ行動をとったり、似たような意識をもつ傾向にあることが予想されるため、リスク認知やリスク回避行動に影響してしまうと考えられる。同様に、登山をする時間帯によっても行動や意識に差が生まれることが考えられる。(上図)

これを補正するために、今回の分析では「変量効果」を用いた線形混合モデルを採用した。

 

結果と考察

●リスク認知の分析結果は下の表のようになった。

A群に対してB群は、〈道迷い〉と〈体調不良〉に対するリスク認知が高かったと言える。

つまり、ポスターB(リスク情報のみを与える)を見た登山者は、ポスターA(リスク情報を与えない)を見た登山者よりもリスク認知が高かったと言え、リスク情報の効果が示された。

しかし、C群とD群については、はっきりとした差が見られなかった。(p<o.01で検定)

●リスク回避行動の分析結果は下の表のようになった。

B~D群ともに、効果があるとは言えない結果になった。(T_T)

 

考察

●リスク認知

リスク情報を与えることによる効果を、〈道迷い〉と〈体調不良〉について検証することができた。しかし、脅威メッセージや同調メッセージを付けたリスク情報では効果が見られず、研究仮説は立証されなかった。

この結果から、リスク情報の提示は登山者のリスク認知に正の効果を与えるため、登山道を管理する自治体等はリスク情報を積極的に提供することが望まれる。

●リスク回避行動

リスク情報を与えることによる効果を検証することができなかった。

 

☆実証実験の考察

今回の実験では、提示した4種類のポスター間に情報量の差があった。ポスターC,Dによる効果がはっきり見られなかったのは、ポスターC,Dの情報量が多く、ポスターBに比べて理解に時間かかってしまった可能性が考えられる。

LINEで送信した登山後アンケート(③)は、実験参加者の約7割からの回答しか得られなかった。その7割の中に、もともとリスク認知が高い登山者が集中してしまった可能性等が考えられるため、実験参加者全員のリスク回避行動を測定する方法を検討する必要がある。

結論と考察

●成果と提案

リスク情報を与えることによる効果を、〈道迷い〉と〈体調不良〉について検証することができた。しかし、脅威メッセージや同調メッセージを付けたリスク情報では効果が見られず、研究仮説は立証されなかった。

結果から、リスク情報の提示は、登山者の〈道迷い〉や〈体調不良〉に対するリスク認知に正の効果を与えることが分かった。このことから、登山道を管理する自治体等は登山のリスク情報を積極的に提供することが望まれる。

 

●実証実験の考察

1.脅威メッセージや同調メッセージの効果が検証されなかったのはなぜか?

今回の実験では、提示した4種類のポスター間に情報量の差があった。ポスターC,Dによる効果がはっきり見られなかったのは、ポスターC,Dの情報量が多く、ポスターBに比べて理解に時間かかってしまった可能性が考えられる。

2.リスク情報の提供によるリスク回避行動への効果が検証できなかったのはなぜか?

LINEで送信した登山後アンケート(③)は、実験参加者の約7割からの回答しか得られなかった。その7割の中に、もともとリスク認知が高い登山者が集中してしまった可能性等が考えられるため、実験参加者全員のリスク回避行動を測定する方法を検討する必要がある。

 

この記事は、下記の論文を要約したものです

井口新太郎 (2021)登山に伴うリスク情報の提供による登山者のリスク認知等の適正化に関する研究〜筑波山での社会実証実験を踏まえて〜, 2020年度筑波大学理工学群社会工学類卒業論文.

 

あとがき

●より精度の高い比較実験をするために、実験方法の検討に時間がかかりました。(登山グループの変量効果を実験で考慮するために、)公式LINEアカウントを100個以上作ったり、LINE友達追加用のQRコードを100種類以上印刷したりと、地味な作業も多くあり大変でした。。。

●研究室の仲間、筑波大学ワンダーフォーゲルクラブの仲間から実験に協力してもらい、2日間で324人もの登山者からアンケートに答えてもらうことができました。実験後の寿司パーティーは最高でした。